高知県の中土佐町久礼から海岸線に沿って須崎市安和に至る延長9.1kmの道路がある。元々は国道56号であったが,現在は県道320号久礼須崎線となっている。リアス式海岸を持つ土佐湾の風光明媚なパノラマが広がっており,ウォーキングやサイクリングコースとしても人気が高い。
「安和海岸」と呼ばれる県道320号は,「高知国道56号落石事件」の舞台になった所としても有名である。昭和38年に落石死亡事故があり,最高裁で道路管理者の瑕疵責任が問われ,国と高知県に賠償責任の判決が言い渡された事件である。この事件を契機として落石対策が本格的に行われるようになった。
ポケット式ロックネットを考案したのは,須崎土木事務所の技師をされていた田中忠夫氏である。安和海岸には,腐食して落石防護の機能は失っているが,昭和40年に施工された日本初のポケット式ロックネットが今も残されている。
その他に,ロックシェッド,ロックキーパー,S.P.C.ウォール工法,ストンガード,岩盤接着工法なども施工されている。平成21年には,田中忠夫氏の甥にあたる田中登志夫氏(田中工業株式会社会長)が発案し,愛媛大学防災情報研究センター,高知県内の建設コンサルタント会社,施工会社の連携で研究開発された「ロングスパン」と呼ばれる高エネルギー吸収型のロックネットも施工された。さながら落石対策工の見本市である。
世界広しといえども,ありとあらゆる種類の落石対策工を一同に見学できるのは,安和海岸だけである。ここは,「落石対策生誕の地」であり,「落石対策のデパート」である。「落石対策のメッカ」と呼ぶのにふさわしいのであるが,名実共にメッカとなる方策を考えてみた。
県道320号は高知県の重要路線に位置づけられている。高幡東部(須崎市,中土佐町,津野町,大野見村)のごみを処理する施設が安和海岸のほぼ中央にあるためである。
この路線では現在も落石対策工事が進められているが,ネットが腐蝕している箇所や,既存の対策で強度が不足している箇所などを含めると,対策すべき箇所はまだ多く残されている。
ここからが私の提案である。新しく開発された落石対策工法を対象に,高知でコンテストをし,専門的知識を持った学識経験者が厳正な審査をして優秀賞を決定する。優秀賞として選ばれた工法に対しては,安和海岸の一画を試験施工の場所として提供すると共に,所要の性能が保持されている期間は展示できる権利を与えるのである。優秀賞に選ばれ安和海岸に展示できることが,企業としてのステータスとなる。試験施工に要する費用を企業がすべて負担するということにしても,展示する価値は高い。
コンテストを毎年継続して実施すれば,優秀賞を獲得した落石対策工法が安和海岸にずらりと並ぶことになる。高知県は落石対策工事の費用がいらなくなる。企業は,安和海岸に自社の工法が並ぶことでブランド化され,宣伝効果も期待できる。地元にはコンテストの関係者,見学者,それに観光客がたくさん訪れるので活気づく。「一石三鳥」である。「県よし,企業よし,地元よし」の「三方よし」である。
須崎港から久礼港まで安和海岸の沖に水上バスを運航し,海からずらりと並んだ落石対策工を見学しながら,安和海岸で捕った魚介類の「海賊料理」,土佐沖で一本釣りした鰹の「たたき」を食べると最高。想像しただけでもワクワクしてくる。
安和海岸を「落石対策のメッカ」にすることが私の夢である。
(株)第一コンサルタンツ 代表取締役社長 右城 猛
建通新聞「明日へ・四国視点」
わが国では戦後の急速な社会資本整備に伴い,新しい土木技術や工法を次々と開発し,幾多の難工事を克服してきた。そして現場の経験から得られた知見は,技術基準やマニュアルという形で蓄積されてきた。
私が建設コンサルタント会社に就職したのは昭和46年。当時の道路土工指針は一冊で270ページであった。今は擁壁工指針,カルバート工指針などの九分冊となり,足し合わせると2,800ページになる。便覧や参考資料も加えると4,000ページを超える。設計に必要な知識はことごとく網羅されている。専門的知識に乏しい若い技術者にとっては,とても便利な存在である。マニュアルにのっとって設計をすれば,余分なことを考えなくてよい。会計検査で問題にされることもない。失敗し手戻りとなる恐れも少ない。業務能率を上げるのに最適である。
近年,公共事業が激減し受注競争が激化する中で,企業は経費削減に力を入れている。それがマニュアル化に拍車をかけ,最近ではマニュアル一辺倒になっているようにさえ感じられる。マニュアル依存症にかかると思考停止状態になる。クリエイティブな仕事はできなくなる。コスト縮減を求めれば,偽装に走るのが関の山である。
新しい技術の開発や改善には創意工夫が必要である。昔から「失敗は成功のもと」,「失敗は成功の母」と言われるように,創意工夫する智恵は失敗経験がないと生まれない。
【建通新聞「明日へ・四国視点124」2009.4.28】
今,建設関係の企業は,かつて経験したことがない厳しい経営環境に置かれている。体制をスリム化して組織をまもるために,社員を解雇する企業が続出している。解雇を言い渡された社員は,青天のへきれきであるに違いない。誰もが「必要不可欠な人材と思われている」,「期待されている」と信じ,家庭と健康を犠牲に社業の発展に尽力してきたという自負を持っていると思うからである。
つい最近,建設会社に勤務する二人のベテラン営業マンから聞いた話である。「定年まで勤務する予定でいたが,インターネットで仕事がとれるようになったので営業は必要なくなった,というトップの一言で希望退職に応募した。営業のことが分かっていないトップの下で働く気がしなくなった」ということであった。会社が違う二人の話が偶然にも同じであったので驚いた。
経営者は万策尽きて,「泣いて馬謖を切る」心境だと思われるが,本当に他に手立てはなかったのだろうか,賃金カットでワークシェアリングを行う選択肢はなかったのだろうか,「貧すれば鈍する」となっていないだろうか,などと考えてしまう。
トップの最大の役目は,社員とその家族の生活をまもることにあるのではないだろうか。長年にわたり苦楽を共にしてきた仲間を切り捨てて難局を乗り切れたとしても,そのような会社が繁栄できるとは思えない。
【建通新聞「明日へ・四国視点124」2009.4.14】
近年、土木事業においても技術の高度化と分業化が急速に進んでいる。その結果、個々の専門に関してはわかっていても、全体最適かどうかを判断することが非常に難しくなってきた。
例えば、南海地震による堤防被害の予測に有限要素法を使用すれば、堤防がどのように変形し、いくら沈下するのかを解析的に求めることができる。同様に、地盤のどの範囲を改良すれば、沈下量をいくらに低減させられるかについても計算が可能である。
しかし、解析結果の信頼性を判断するのは難しい。担当した技術者が有限要素法のソフトを使う能力に優れていたとしても、地震波形や土質特性、解析の際のモデル化などといった入力条件を決めるための専門的知識を持っているとは限らないからである。
結局、最終的な判断は、経験に頼るしかないということになる。解析結果を鵜呑みにするのではなく、過去の被害事例などと突き合わせて総合的に判断する必要がある。
その意味からも今後は、国土交通省などが中心となって、自然災害による被害事例をデータベース化し、誰もがこうしたデータを閲覧できるようにすることが望まれる。
(株)第一コンサルタンツ社長 右城 猛
建通新聞「明日へ・四国視点74」2007.8.
私達は構造物の安全性を評価する際に「OK」,「NG」という表現をしている。最近になって,これは適切でないと思うようになった。「OK」の意味を明確にしないまま使っているためである。相手に誤解を与えトラブルに発展するケースも少なくない。
つい最近も,ある建設会社から「宅地擁壁が傾斜した,支持力の不足だろうか」という問い合わせがあった。施主も請負者も安全率を規定値以上確保しておけば,擁壁は微動たりしないと思いこんでいたようである。荷重が作用すれば,地盤は大かれ小なかれ変形する。変位量を事前に予測し,施主に説明しておくべきであった。
構造物の安全率が1を下回ると不安定になる。このため設計では1以上の安全率を確保することにしている。これも誤解の元になっている。安全率が1を下回るということは,構造物が運動を開始することを意味している。安全率が1を下回ったとしても,荷重の作用時間が短ければ,構造物の変位量は微少に留まる。このため一般に問題になることはない。
安全性を「OK」,「NG」と二者択一的に評価するのではなく,どのような現象が発生するのかを具体的に示した上で,安全性を評価することが望まれる。
(株)第一コンサルタンツ社長 右城 猛
建通新聞「明日へ・四国視点76」2007.8